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海が見える所に住みたいけどやっぱ都会に住むのかな的な話

歳をとったら、海が見える場所に住むことが夢だった。

そう、数年前までは。

毎日の生活の中で、海が当たり前のようにあり、日常生活の一部として海を感じている人にはわからないだろう。私は北海道の札幌に住んでいるのだが、海まで行くには車で1時間程度かかる。もちろん窓の外に海が見えるなんてことはない。見えるのは近所の家の壁くらい。

気軽に海を観ることができない環境に育つと、海を見るとテンションがマックスになる。これは、毎日を海と無関係に過ごしている人にしかわからない感情ではないだろうか。うちのママちゃんは、小さい頃近くに海があったらしく、私と海に行っても「ふうん」程度の感想しか出ない。ママちゃんは海が嫌いというわけではないが、私のように海を見てもテンションが上がることはない。

海と言っても、砂浜や断崖絶壁の海岸、漁師の拠点である漁港など、さまざまだ。石油やガスなどを備蓄している工業地帯も海にある。人が働く海も悪くはない。時代が動く原動力だから。でも、住むのであれば、見晴らしのよい海岸が希望だった。

歳をとったら海が見える場所に住みたい。そんな「ささやか」な夢だったが、どうやら現実できそうにない。そもそも、「ささやか」という表現は間違っていると確信した。

私のいとこは、私が思い描いた、郊外の綺麗な景色の海岸がすぐ目の前にある場所に住んでいる。久々にあった雑談の中で、老後に移住を考えていて、土地の価格はいくらくらかを聞いたことがある。返ってきた答えは「やめておきな」だった。

いとこの話では、夏場は綺麗だが、それ以外の時期は自然環境が厳しい。春秋は風が強く、冬には車の走行が困難になり厳しい寒さ。車は住居は、潮風によりサビとの戦い。見晴らしの良い立地は水洗トイレではなく汲み取り方式。さまざまなデメリットを教えられた。なかでも1番困るのが、病院がないこと。小さな怪我程度であれば問題ないが、病気や救急車を要する場合など、近くの町まで時間がかかるため、とても不便だそうだ。若いうちであればよいが、歳をとってからは都会の方がいいと。

数々のデメリットを聞き、これは「ささやか」というにはハードルが高すぎる。

たしかに、海が見えないこと以外は、都会の生活は便利だ。コンビニがどこにでもあり、大きな病院は地区ごとに数件ある。外食も品を選ばなければ24時間いつでも食べることができる。住んでいると便利さが麻痺してしまうが、田舎ではできないことばかりだ。ある程度の規模を持った海沿いの町という選択肢もある。だが、海が見えるだけでは、私の望む環境ではない。

21世紀に入ってから、日本は大きな自然災害が多発している。今後、日本を襲う直下型地震により、海沿いは津波の心配もある。台風被害も毎年大きくなっている。海沿いに住むことは、これらのリスクと直面することになる。

マイナス面ばかりを気にしては、なにもできないだろう。デメリットを克服し、夢を実現させるには、「ささやか」ではなくなった。「大きな夢」としてこれから生きていくか、また別の生き方を考えるか。「住めば都」なのだろうから、違う選択しも含め、色々考えながら生きていこうと思う。

以上、ぬむめでした。

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ぬむめ