ギターを弾いていた時、ふと思った。
「そういえば、ギターを始めたころは左手が滑らなかったな」
ということを。
大抵、右利きの人は、音程を決めるギターの細い棒の部分はネックと呼ばれ左手で握り、音を出すため弦を右手でピックというプラスチックの板か指で弾く。
さまざまな音程を弾くためには、ネックを握る左手を色んな場所に動かさなければならない。アコースティックギターの弾き語りのように、左手をあまり動かさず曲を弾くこともできるけれども、ネックを縦横無尽に弾く様はギターを弾き始める初心者には憧れだ。しかしながらそのように弾くには、かなりの練習が必要だ。
ネックの上を左手がニュルニュル動くためには抵抗は少ない方がいい。しっかり握れるようにと、滑り止めなどつけてしまっては、低い音から高い音へと指を移動させることができない。
わざわざ、滑り止めを塗りながらギターを弾く人はいないと思うが、滑りを悪くする要素が誰にでもある。それは汗だ。いわゆる手汗だ。私がギター弾くようになったころ、手汗により滑りが悪かった。おそらく当時の私は、手汗が多い方だったのかもしれない。
ギターを弾くようになり、自分の手汗がギターを弾く妨げであり、つるっとした手のひらに汗をかくことがとても嫌だった。それまでは、手汗なんて気にしたこともなかったのに。気になり始めたらとまらない。手に汗を感じたらタオルでふき、誰かにゲンコツする時も手をハーハー息をかけることがなくなり、手に汗にぎるアクション映画を見るのをやめ、初めてできた彼女とも手汗がつかないよういっさい手をつながなかった。
ギターを弾く時、手の滑らなさが気になり、ネックの滑りがよくなるスプレーを楽器屋さんで少ないお小遣いをやりくりしながら買ったこともある。期待に胸を弾ませ使ってみた。塗った直後は、確かに滑りはよくなる感じはするが、それを上回る手汗が出てくるだけで滑りがよくなることはなかった。当時のお小遣い事情を考えると、私の人生の中で買って後悔したベスト3入りした初めての商品だ。悔しさのあまりライターの火にふきかけてみると火炎放射器ばりの炎がでて面白かった。いざという時、身近なものが武器なると気がついた初めての品だった。滑りがよくなるスプレーは火炎放射器としてすべて使い切った。
そんな手汗マンだった私だったが、いつのまにかギターを弾く時に手汗をかかなくなった。なぜだか理由はわからない。気がついたらネックを持つ手の滑りがよくなっていた。おそらく、身体がギターを弾くことに最適化されたのだろう。進化論をあまり信じていない私だったが、肉体の進化という生命の神秘に触れた感じがした。
おっさんの今では、今の時期ハンドクリームは欠かせない。すぐに手の水分が失われていく。手のひらにクリームを塗ることはないが、手の甲はベタベタしているくらいがちょうどいい。おそらくこれを退化というのだろう。いや、老化か。
これからも歳を取って身体全体にハンドクリームを塗ることがないよう、毎日2リットルの水を飲んでいる。
以上ぬむめでした。