以前、私は知らない人に「あんこが出てるよ」と言われたことがある。私は、不意の問いかけに唖然とし、言葉を失ってしまった。初老であろう女性に、そう言われた。女性は、私にそう言うと、足早にその場を去って行った。
私は、お饅頭ではなしモナカでもない。一般的な地球人であり、生物学上も人間だ。砂糖と小豆成分はいっさい無い。それにもかかわらず「あんこが出ている」とは、一体何なのであろうか。
もしも、言った人間が知人であれば、「それは、何のことでしょうか?」と聞くことができる。わからないことは聞くのが一番、考える必要が無い。「人からあんこ」がでるという、非日常的な出来事であろうと、知り合いであれば、それがどういう状況なのか、客観的に見た状況を聞くのが手っ取り早い。
知らない人に、自分が知らないことを言われるのは、戸惑ってしまう。これは、誰もが抱く感情ではなかろうか。知らない人に道を尋ねられる場合、知らない道でも「知りません」と言えば会話は終わる。アンケートお願いしますと、問いかけられたら「時間がありません」と言うことができる。知らない人が困っているのであれば、助けることはやぶさかではない。しかしながら、自分がわからない、何を言っているのかわからない言葉には、どう答え、どう反応すれば良いのだろうか。
「あんこ」という言葉がキーワードなのだろう。「○○が出ている」というのは、何かが出ている、そう考えるのが一般的。やはり、意味がわからないのは「あんこ」にほかならない。
そもそも、見ず知らずの他人に「○○が出ている」という言葉を使うことがあるのだろうか。シチュエーションを考えてみても、特に思い浮かばない。あなたは他人に「鼻毛が出ていますよ?」なんて問いかけることがあるだろうか?私は、そんなことを他人に言う勇気は1ミリも無い。鼻毛とあんこであれば「あんこが出ている」と言う方が、失礼にならないことはわかる。日本人であれば、なじみのあるあんこだから。だが、その意味がわからない。
もしかして、私は根本的な勘違いをしているのかもしれない、そう思った。「あんこ」とは、外側と内側の境界線の意味、中に入っている物のたとえ。ぬいぐるみの中にある綿や、新品のバッグが形を保つために入っている紙など、「中に入っている物」ではないかと、気がついた。「あんこ」と言われ、和菓子に入っているジャパニーズデザートの定番だとばかり思い込んでいたが、私は人間だ。枝豆は好きだが、毎日持ち歩いている訳では無い。こしあんが好きだが、毎日食べているわけでも無い。やはり、中に入っている物が出ている。そう考えるのが妥当だろう。
私はズボンのチャックを閉めながら「なるほどな」と感心した。
以上、ぬむめでした。